最終更新日:2026年3月5日
※自治体ごとに示し、自治体の並び順は五十音順です。
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※本ページは博物館や資料館や飲食店の公式ページではないため、それらの施設を訪れるときは、下記の情報を真とせず必ず休館日や開館時間をご自身で確認してからお出かけください。
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※と、言いつつも、良いものができるように全力で作業しています。
目次
伊江村(伊江島)
伊江島(いえしま)の面積は、22.76㎢。本部港からフェリーで30分(那覇から本部港までは、車で1時間半くらい)。大きなフェリーが就航しており、車で沖縄島をめぐる人は車ごと伊江島へ渡ると良いだろう。

伊江島は地形図で見ると一目瞭然だが、東側にポコンと漫画みたいな山がある。

城山(ぐすくやま)という172mの山だ。現在は観光スポットになっていて、291段の階段で頂上まで登ることができるそうだが、登ったことはない。


島内各所の遺跡などには説明板が立っておりとても親切だ。時間がある人は、島内でランチを食べたり城山に登ったりしてゆっくり過ごすと良いと思う(いつも忙しない私の個人的願望)。

ゴヘズ洞穴
西江上に所在。直径2mの入口が開口しており、内部は複雑で、上洞が19m続いたその先に下洞が35m続いているという。もちろん中に入って確認したわけではない。約2万年前の人骨が出土。
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具志原貝塚
伊江島の南海岸の砂丘上の貝塚で、初めて沖縄で九州産の弥生土器が見つかった遺跡。沖縄の文化の特徴である貝製品(貝輪、貝皿、貝鐘、貝札)が多くみつかり、交易が盛んであったと考えられている。また、縄文前期の条痕紋土器や人骨も見つかっており、遺物の種類が豊富な遺跡として知られている。
出土遺物は、伊江島はにくすに郷土・平和資料館に展示。
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ナガラ原第三貝塚
川平1123-2に所在。縄文後期の住居跡と14基の屋外の炉跡が検出された。また、県内で初めてゴホウラ貝製腕輪を装着した状態の人骨が石棺墓内で見つかった。
現況は海岸側には植物が繁茂し、海は見えない。
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伊江島はにくすに郷土・平和資料館
伊江村川平519
0980-49-2334
9:00~17:00
基本無休
郷土資料室と平和資料室があり、郷土資料室では、伊江島内の遺跡から出土した土器や化石、民俗芸能資料を展示している。伊江島では、沖縄戦の際に6日間の激戦が行われたが、平和資料室の展示でそれを含めた前後の伊江島の歴史について詳しく分かる。
係の人はおらず、「勝手に見てください」的になっているが、とても見ごたえのある施設だ。
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石垣市(石垣島)

白保竿根田原遺跡
後期旧石器時代から近世に至る洞穴遺跡。後期旧石器時代の人骨が約20体分も出土している。
そのうちの白保4号人骨は、約27,500年前の人で、人体の解剖学的な位置関係を保った状態で発掘されたことなどから、洞穴は当時すでに墓地として利用されていたと考えられ、国内最古の墓地とされる。
なお、白保4号人骨は、復顔できたものとしては最古の人骨。
現地は保存されて、国指定史跡となっているが、一般公開はされていない。
石垣空港に着陸した際に撮った写真を確認したところ、遺跡はこちらの2枚の写真のちょうど中間にあることが分かった。なるべく注意深く撮っていたのだが外れてしまった。
この時は、滑走路の南西側からアプローチしたので、その場合は左舷側から見ていて、1枚目の写真のように滑走路の主軸から見て横3本の白線が見えたら注意深く監視。つぎに縦1本の太い白線が見えたらそのすぐ左側である。2枚目の写真のように縦2本の白線が見えたらもう行き過ぎている(ただし、滑走時の位置によっては縦の白線は見えないかもしれないが・・・)。
沖縄県立埋蔵文化財センターにパネル展示がある。
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フルスト原遺跡
14世紀後半にはじまり、15世紀に最盛期を迎え、16世紀初頭に終焉を迎えた集落遺跡。
石灰岩の高い石積みがあるため、一見するとグスクに見えるが、それらは城壁ではなく屋敷囲いの石垣としての要素が強いと言われている。
ただし、石垣がかなり立派なので楽しく見学できる。
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川平貝塚
14~15世紀の貝塚。
明治37年(1904)、東京帝国大学人類学教室の坪井正五郎の命により、鳥居龍蔵が発掘調査。外耳土器が出土したことが学史的に重要。
鳥居はこのとき台湾からの帰途、6月から7月の2ヵ月かけて、沖縄本島、宮古・八重山、そして与那国島を調査した。ただし、アジア中をアグレッシヴに調査しまくった鳥居龍蔵だったが、意外にも本格的な沖縄の調査はこのときだけだ。
なお、説明板が設置されている場所は遺跡があった場所ではなく、遺跡は少し北に行った丘の上である。
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オヤケアカハチ之像
15世紀には石垣島内にもいくつかの有力な勢力が生まれ、15世紀末頃の南部では、大浜地域のオヤケ赤蜂と石垣地域の長田大翁主(ナータウフシュ)が有力であった。
オヤケ赤蜂は首里王府からの独立を目論んだが、長田大翁主ら他の有力者たちはそれを肯ぜず、オヤケ赤蜂は武力による石垣島統一を目指した。
ところが、それを知った首里王府は、1500年2月、46隻の軍船に3000余人の兵を乗せて、まずは王府側に忠実な宮古島に進出し、しかる後、石垣島を攻めた。
海岸では、オヤケ赤蜂配下の巫女たち数十名が奇声を発して首里軍を呪詛した。それに恐怖した首里軍は、久米島の神女・君南風(チンペー)の献策により、日暮れを見計らって竹の筏に灯をともして流したところ、オヤケ赤蜂はそれを首里軍の動きと勘違いして移動。その隙をついて首里軍は攻勢をかけ、ついにオヤケ赤蜂を攻め滅ぼした。
これを「オヤケ赤蜂の乱」と呼ぶが、それは首里側から見た論理であって、石垣島には石垣島の見方がある。
なお、オヤケ赤蜂と並び称される人物に堀川原(ホンガワラ)がおり、両人が合力して戦ったとの説もあるが、ホンガワラとは「頭(かしら)」の意味であって、二つの名前は合わせて一つ、つまり両人は同一人物との考えもあって、どちらが正しいのかは決着していないようだ。
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【居酒屋】ダイニング英(はなぶさ)
石垣市白保134
0980-87-6064
ランチ難民になりかけていたところ、なんとか入ることができて彩も美しい美味しいランチを食べることができた。あとで知ったが、結構定休日も多いようなのでラッキーだった。


【居酒屋】三線ライブ居酒屋 祭歌(まつりか)
石垣市八島町1-1-1
0980-88-7028
美味い料理と共に地元ミュージシャンのライヴが楽しめる。リクエストの曲も演ってくれるぞ。








【居酒屋】ひとし 石敢當店
石垣市大川197-1
0980-88-5807
海鮮料理が楽しめる店。石垣島で食べるマグロも美味しいのだ。







【ホテル】南の美ら花 ホテルミヤヒラ
石垣市美崎町4-9
050-00-6112
石垣港のフェリー乗り場に至近のホテル。宿泊の翌日、船に乗ってどこかへ行くのであればナイスな立地だ。とても雰囲気がよいホテル。




糸満市
うるま市
うるま市の東側にはいくつかの島があり、遺跡の宝庫となっている。有人島である藪地島、平安座島、浜比嘉島、宮城島、伊計島は隣の島あるいは沖縄島と橋でつながっており、車で遺跡めぐりができる。ちなみに、勝連城跡(あまわりパーク)から仲原遺跡までは、車では30分掛からないが、きれいな景色をゆっくり眺めていくのであれば、もうちょっと掛かるだろう。

勝連城跡からは上記の島々が見える。海中道路というのは、沖縄島から平安座島へ向かう橋のこと。写真で見ると途中、左に90度に曲がって平安座島へ向かっているように見えるが、実際には上の地図の通り。


仲原遺跡
なかばるいせき
伊計島に所在する縄文時代晩期の集落跡。仲原式土器の標式遺跡。伊計島は離島だが、今は沖縄島から平安座島と宮城島を経由して橋で結ばれている。
石囲いの竪穴住居跡を11棟検出。それらの規模は、径5~6mのものと径2~3mの2種に大別できる。出土遺物は、土器、石斧、磨石、凹石、骨製品、貝製品。人骨も5体出土。現地には竪穴住居が復元されている。
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伊波貝塚
いはかいづか
縄文後期の遺跡。金武湾最深部石川平野に面する標高約90mの丘陵上の岩陰にあり、傾斜地に厚さ約60㎝の貝塚が形成されている。石器・土器・骨製品・貝製品が出土。
川平貝塚の項に記した通り、明治37年(1904)、鳥居龍蔵は2か月かけて沖縄を調査した。その発表から少しあとの大正9年(1920)に鳥居の発表資料を頼りに沖縄を訪れた大山柏が発見。
本遺跡は、縄文後期前半の伊波式土器の標式遺跡。
なお、本遺跡は沖縄県遺跡地図をきちんと見てから行かないと発見するのは困難。AICTのメンバーが市の職員との連絡を受け持ってくれて、皆で協力して駆けずり回って何とか見つけた。普通のお宅の敷地内であったので、土地を所有する方に許可をいただいて標柱と説明板の前まで入れさせていただき写真を撮影した。
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【ランチ】心花(みつば)食堂
うるま市勝連南風原279
お母さん一人でやっている食堂。リーズナブルで美味しい定食が食べられるが、ワンオペなので提供までに時間が掛かるのは承知のうえで入店しよう。
AICTで6名で訪れたら驚かれたが、無理にお願いして作ってもらった。待っている間も私たちは喋っているので苦にならない。


恩納村
【ホテル】ホテルモントレ沖縄 スパ&リゾート
恩納村冨着1550-1
098-993-7111
私基準では最高級ホテル。ビーチは天然ビーチ。
北中城村

荻堂貝塚
縄文時代後期の遺跡。後期の荻堂式土器の標式遺跡。中城湾にのぞむ標高約140mの丘陵上の岩陰にある遺跡。大正8年に東大が発掘。貝層の厚みは最大1.2mあり、貝類・魚骨・獣骨のほかに石器・土器・貝製品が出土している。
現況は標柱と古い説明板があるのみ。
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大山盛保生誕之地碑
大山盛保は、港川人を発見した人。先祖は、この近くにある中城城主だった護佐丸と伝わる。
中城城の遠景が撮れる場所がないか車で走りながら探していたら、たまたま視界に飛び込んできたので、驚きつつ喜び、戻って確認した。
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宜野湾市

大山貝塚
西海岸にのぞむ丘陵上に立地し、立ちはだかるように群がる巨石の下のテラス状の平地に所在。
昭和32年の発掘調査では、50㎝ほどの貝層が検出され、石器・土器・骨製品などが出土した。
縄文時代後期の大山式土器の標式遺跡で、大山式土器は、荻堂式、伊波式に継ぐ時期の土器。
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宜野湾市立博物館
宜野湾市真志喜1-25-1
098-870-9317
9:00~17:00(16:30)
火・祝休館
常設展示室では、宜野湾市の考古・歴史・民俗資料の展示がある。大山貝塚から出土した遺物の展示ケースもある。
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竹富町(西表島)
【ホテル】西表島ホテル by 星野リゾート
竹富町上原2-2
050-3134-8094
私基準では最高級ホテル。滅多に泊まれない。
竹富町(竹富島)

赤山王の墓
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小城盛(クスクムイ)
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安里クヤマ生誕の地
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竹富島ゆがふ館


北谷町

伊礼原遺跡
縄文時代からグスク時代にかけての複合遺跡。ウーチヌカーの湧水を中心に集落跡が展開している。
縄文時代前期は低湿地帯に遺構が広がるのが特徴で、県内最古の木製品も出土している。
その当時九州を席巻して朝鮮半島にまで影響を及ぼした曽畑式土器(熊本県宇土市・曽畑貝塚が標式遺跡)も出土。本場の曽畑式土器は、滑石を混ぜて作るが、沖縄では滑石は取れない。本遺跡では、滑石の混ざった搬入品の曽畑式土器が見つかることもあるが、地元で貝殻やサンゴを磨り潰して混ぜて作った曽畑式土器もみつかる。
中期から晩期にかけての生活の形跡は砂丘の方に移動している。時代は突き止めていないが、ヒスイ製玉も出土。
なお、同じ北谷町伊平の平安山原B遺跡からは、大洞式土器の系統の土器片が見つかっており、北陸・中部出身者が大洞式土器をモデルに造った土器と考えられている。
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北谷町立博物館
北谷町伊平1-11-1
098-923-0300
9:00~17:00(16:30)
月・祝・第4木曜休館
国史跡・伊礼原遺跡に隣接している。縄文土器の展示の量と説明の丁寧さでは沖縄県ナンバーワン。県立埋文センターや県立博物館も良いが、ここは型式について見どころを簡単に解説しており、沖縄諸島の縄文土器に関してはこの施設で勉強すると良いだろう。
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今帰仁村

北山神社の鳥居の根元の移設
今帰仁村歴史文化センターの敷地内に置かれている。
昭和47年の本土復帰後、本部町で海洋博覧会が催される際に、鳥居は「沖縄らしくない」という理由で撤去されたそうだ。
鳥居や神道に対する沖縄人の心は複雑であるが、もしかすると若い人たちはそうでもないかもしれない。
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那覇市

山下町第一洞穴遺跡
山下洞人と呼ばれる8歳くらいの女児の骨が出土した遺跡。人骨自体の年代は不明だが、人骨とともに出土した炭化物を放射性炭素年代測定で調べた結果、3万2000年前とされ、較正年代(実際の年代)は、3万6000年前とされた。人骨自体の年代が分かった訳では無いので、信ぴょう性に欠けるとの意見もある。
また、人骨と同じ年代の石器が出土したとの考えもあるが、地元の多くの研究者の賛同は得られていないようだ。
遺跡は現在、公園となっているが、駐車場は絶望的になく、公園前の路地は狭いので、運転が苦手な方は注意。
なお、県立博物館に山下洞人の人骨のレプリカを展示している。
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那覇市歴史博物館【閉館】
2025年8月31日に閉館した。博物館のホームページによると、将来的に中城御殿跡地(首里城公園内、龍潭向かい)に整備される施設にて収蔵・展示するとのこと。
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沖縄県立博物館・美術館 おきみゅー
那覇市おもろまち3-1-1
098-941-8200
月曜定休
9:00~18:00(17:30)
博物館と美術館が併設されており、博物館は総合的な内容で、常設展は総合展示室と5つの部門展示室がある。
総合展示室は通史的な内容で、沖縄の歴史が概観できる。旧石器時代や縄文時代の展示は少ない。
部門展示室は、自然史・考古・美術工芸・歴史・民俗の5つに分かれている。
自然史部門展示では、港川人について詳しく説明しており、サキタリ洞遺跡から出土した遺物のレプリカも展示している。
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【沖縄そば】神里そば
那覇市泉崎1-8-6 與世川ビル2F
098-868-4477
那覇市役所の近く。そばは固めに茹でてあり個人的には最高レヴェルに美味いそば。


【居酒屋】海音(みおん)
那覇市牧志1-3-58 B1F
050-5485-7498
国際通りにある地元ミュージシャンのライヴを観ながら美味い料理が食べられる店。フレンドリーでとても良いお店。

【居酒屋】沖縄酒場ハイサイ 公設市場店
那覇市松尾2-8-41
098-953-8783
国際通りから少し外れた場所にある。料理はどれも美味いが、特にソーミンチャンプルーは、博多ラーメンのように硬くて味付けも抜群で最高に美味い。
【居酒屋】島野菜とあぐー豚・山城牛のお店 こばこ
那覇市松尾2-8-11 2F
098-963-8835
国際通り沿いにある居酒屋。肉類がとくに美味しく、店員さんの感じが良い。
【ホテル】Enagic沖縄国際プラザホテル
那覇市松尾1-4-10
098-862-4243
国際通りの非常に便利な場所にあり、飲みに行くのには好都合な立地。セブンもすぐ近く。飲んで帰って寝る分にはまったく不足はない。ただし、部屋が意外と広いのにベッドサイズは狭いので好みが分かれるところだろう。
車で旅行する場合の難点としては、提携駐車場がなく、近くにはコインパが何か所かあるがどこも高いので事前に調べて作戦を考えてから行こう(一晩停めると安くても千数百円)。
エントランス入口が国際通り沿いに無く裏側にあって、秘密めいていて面白い。


【ホテル】ハイアット リージェンシー 那覇沖縄
沖縄県那覇市牧志3-6-20
098-866-8888
私基準では最高級ホテル。木目調の落ち着いたインテリアが素敵。国際通りにも近くて飲みに行くのにも困らない。






【ホテル】ホテルパークスタジアム那覇
那覇市山下町10-2
098-859-9000
那覇の中心街に拘らない方や車で移動する方にお勧め。モノレールの奥武山公園駅から徒歩6分くらい。部屋は広くないが、ベッドサイズはゆったり目なので十分に寛げる。
至近の場所に飲食店やコンビニはなく、奥武山公園駅前のセブンが最も近い。ホテル内にはアルコールの自販機は置いていないので、部屋で飲みたい人は注意。
ごく簡単な朝ごはん(例えばコンビニおにぎり2つ)が無料で付くのが嬉しいし、平面駐車場も無料なのもありがたい。


南城市
【沖縄そば】そば処 玉家そば
南城市大里古堅913-1
098-944-6886
私は沖縄そばが大好物だが、ここのは特に美味い。再訪したときは定休日でショックだった・・・
火・水が定休日だと思われます。


【沖縄そば】うみのそば
南城市知念安座真1062-22
098-948-7913
久高島から戻ってきたらちょうどお昼で、安座真港のすぐそばにあったので寄った。店名の通り「海の傍」で沖縄そばを食べたわけだが、スープは豚骨ラーメンのそれだ!これは変わっていて面白い。たまにはこういう沖縄そばもいいですよ。


【食事】まんぷく食堂
南城市大里仲間1032
098-946-4839
店名に偽りなし。ヴォリューム満点。沖縄の郷土料理のなかでも東京ではあまり食べられない山羊の肉やあひるの肉も食べられる。
実は山羊の肉は初めて食べた。ラムやマトンは好きなのだが、山羊は羊より癖が一段階強い印象。ただし、この店で一度食べただけで即断するのは危険だ。


南城市(久高島)


フボー御嶽
イシキ浜
外間・ウプグイ
御殿庭
西原町

沖縄県立埋蔵文化財センター
西原町上原193-7
098-835-8751
9:00~17:00(16:30)
月曜休館
土器の展示が充実。宮古・八重山諸島の土器やシャコガイ製貝斧などの遺物も豊富に展示している。
波照間島にある下田原貝塚出土の遺物を展示。石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡の地層剥ぎ取りや出土した白保4号人骨についてパネルで解説。白保4号人骨は27,500年前の人で、復顔できたものとしては最古の人骨。
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本部町

浜元サチピン貝塚
縄文時代後期から晩期にかけての遺跡。
「もとぶ元気村」というリゾート施設内に所在。丘の上のホテル「マリンピアザオキナワ」のお庭に説明板や石碑が建っているが、貝塚はその場所から海側の斜面及び下の海岸。ホテルのフロントの方に尋ねたら丁寧に教えてくださった。
ホテルのお庭の説明板と地図は2つの大きな土器のオブジェに埋め込まれているが、その土器は萩堂式土器と伊波式土器をモデルとしており侮れない。
お庭内には山羊が放たれていて可愛い。
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山川垣内権現洞穴遺跡
平安時代後期から鎌倉時代併行頃(貝塚時代後期終末からグスク時代にかけて)の遺跡。シャコ貝製の網の錘などが出土した。
洞穴の入口幅は約2mで奥行は約4mあり、平面形はつりがね形を呈している。地元の方は、「カチヌチグンジン」と呼び、信仰の対象としている。
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【沖縄そば】おきなわ長寿そば
本部町崎本部2795
そばも美味しいがジューシーも個人的にはナンバーワン。お店の方がとても感じが良く、また行きたいお店の筆頭だ。


【沖縄そば】八重善
本部町並里342-1
0980-47-5853
地元で古くから愛されているような雰囲気のお店。混んでいても提供が早いのはナイス。ヴォリュームもある。ちょっと濃いめの味付けなので、食後に甘いのが欲しくなってレジで売っているサーターアンダギーを買ったら非常に美味しかった。



八重瀬町

八重瀬町立具志頭歴史民俗資料館
八重瀬町字具志頭352
098-835-7500
9:00~17:00
月曜休館
八重瀬町の歴史を紹介した施設。町内にある港川遺跡に関する展示に特に力を入れている。
他の展示も見ごたえがあり、有用な資料も多数展示しているが、展示室内の写真撮影がNGなのが残念。
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読谷村

木綿原遺跡
縄文時代晩期の遺跡で、砂丘上に所在。貝塚のほか中央部には墓域もあり、箱式石棺墓6基のほか、そのまま埋められたと思われる3体の人骨が見つかった。
箱式石棺墓は弥生時代の九州ではよく見られるが、本遺跡の場合は石棺の上を丸い石灰の岩塊や、板状のサンゴ石灰岩などで覆っており、それらを取り除くと石棺が
現れた。
遺跡の西側には美しいビーチが広がっているが、この辺りは昭和20年4月1日にアメリカ軍主体の連合軍が上陸した場所だ。美しさとその悲劇の歴史とのギャップが恐ろしい。
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世界遺産座喜味城跡 ユンタンザミュージアム
読谷村座喜味708-6
098-958-3141
9:00~18:00(17:30)
水曜休館
世界遺産で国史跡の座喜味城跡に関する展示がメインだが、読谷村の歴史全般についても説明があり、考古遺物の展示も豊富。とても見ごたえのあるミュージアム。
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